パニッシュメント・メモリー

第一章 祈る者・裁くもの

 天の光が照らす大地の一辺、そこに一つの教会があった。

 少なくとも古びてはいるが、しかし神聖さを漂わせる教会であった。
 その教会の外、整えられた芝生の一瞥に一つの墓が建てられている。
 そこに一人の少女が、両手を組んで膝間付き、祈りを捧げていた。 まるで百合の花を思わせる、美しき少女が両手を組んで祈りを捧げていたのだ。
 建てられている墓、そこに眠る者たちへの安らぎを願うかのように……

「悠美……」
 その後ろから、彼女を呼ぶ一つの声が掛かる。
 少女がその声に気付き、両手を解いて後ろを振り向くと、そこには一人のシスターが後ろに立っていた。 彼女に劣らぬ――いや、それに加えて大人の女性の魅力を備えた、泣き黒子を持つ美貌の女性である。
「……ママ」
 やがてママと呼ばれたその美女は、ひざまづいている少女、悠美の横まで来ると同じようにひざまづいた。

「祈っていたのね……彼らの、倒してきた者達の安らぎを……」
「うん……。私が出来ることは、これしかないから……」
 ママの、全てを包み込むような安らかな声に、悠美は悲しみの瞳を据えたままで頷いた。 ささやかな風が髪を靡かせる中、ママと一緒に向かうその瞳は、痛み、苦しみ、哀れみ、思い、それらを全て受け入れるようなものだった。

 彼女、羽連悠美は「光翼天使」に変身して、皆の幸せを守るために戦う少女である。 
 ある出来事を境に……同世代が過ごすような幸せを全て捨て、皆の為に戦うことを宿命に、今日まで生きてきたのだ。
  傷つきもした。自分の身体を弄ばれもした。酷い時には奴隷として、踏み躙られ、絶望に心を壊されもした。 
 それでも、関わってきたエクリプス達を殺してきた。
 その者達を憎いとは思わない。ただ他者を踏みにじり、弄ぶその行為が許せない。 だからその手を汚しながら、闇の中へと帰してきたのだ。
 しかしそれでも、自分の手で、その者達の人生を奪ってきたことには変わりは無い。
 だから祈る、その者達の死後の安らぎを。命を奪ってきた者達の死後の「全ての{邪}」からの開放を。
 そんなことをしても、他者の命を奪う自分の行為は許されるものでもない。その者達から責められても当然とも思う。
 それでも……生人の幸せも、死者の幸せも願う少女――羽連悠美とはそういう、純真な少女なのだ。

「どうか次に生まれてくる時は……皆が互いに分かり合えるように………自分の闇に飲まれないで欲しいって……」
 自らの心の影、その闇に呑まれてしまったものが「エクリプス」と呼ばれる者なのだ。 そうなってしまったものは、自分の欲望に従うのみに動く。それが彼らの存在意義。
 誰かが止めなければ……導かなければ、一生を闇の中に呑まれたままに生きる哀れな存在。
 その影に、自分もかつては一度呑まれてしまったことがある悠美にとっては、彼らの欲望そのままに動く行為が許せないと思う反面、そうなってしまう者の心を他人よりも判る――だからこそ、そう思うのだ。

「そう……」
 そう呟く悠美の手に、ママの手が置かれる。そして少女に向かれた目は、まるで聖母のような優しいものだった。

 ママと呼ばれる女性――羽連真理もまた、悠美と同じ「光翼天使」に変身する戦士である。
 今いる教会に捨て置かれた赤ん坊の悠美をその手で育て、同時に皆の幸せを守る天使としての使命を同時に果たしてきた。
 その為、悠美も本当の母以上に想い、尊敬している。
 一つの事件を境に、長い間別れることになっていたが……別の事件を持って再開し、今こうして二人共に「光翼天使」として生きているのである。

 娘の成長を心で喜びながら、しかし真理はあえて諫めるように言葉を紡ぐ。
「でもね、悠美。私達は何時までも使者のためには祈れない……今も彼等に苦しめられている人たちがいる。その人たちの為に戦うこと。それが……今私達に出来ることでしょう?」
「……うん、わかってる」
 その言葉に母の方を向いた少女の目は、「悲しみ」から「決意あるもの」に変わっていた。

 自分達がエクリプス達と戦うことにより、救われる人たちがいる。
 普通に生きている者たちを、ささやかな幸せをもって生きている者たちを守りたい。
 それが彼女達が戦う理由、だから今も天使として戦って行けるのである。

「………戻りましょう、教会に。風が強くなってきたわ」
「うん」

 立ち上がる義母に少し遅れて、少女も立ち上がる。 なびく風に揺れる髪を書き上げながら、空を見上げた悠美の目には、遠くにいる何かに向けられていた……

「恵理子……」
 少女の口から、人の名前が紡がれる。
 それは彼女の最愛の親友。真理を除いて、今までにおいて唯一自分を理解し受け入れてくれた、最も大切な人。
 自分の弱い心を支えてくれた、何があっても絶対に守りたい少女。

「恵理子……私、皆の……ママや貴女の幸せ、これからも守ってゆくから……」
 最愛の友人の幸せ、そしてその決意を胸に、彼女は義母の後を追い教会へと入っていった――


――――――――――――――――――――
「っぎゃあぁぁぁあああっっ!!」
 夜よりも暗き闇の中、そこで一つの叫びが木霊する。
 その叫び主は後ろに下がりながら、自らの体を抱くかのように左肩を支えていた。

 その者は人間の姿を色濃く残した外見をしていた。
 確かに夜闇の色をした衣服に要所要所の鱗状プロテクター、背中からはハ虫類の皮膜のついた翼。恥骨の辺りから伸びている尻尾。
まるで「竜」を連想させる姿……それらを除けば、強大な体躯をした17才前後の少年にしか見えない。
その者が脂汗をかきながら必死に立っている状態であった――上腕部から下の方がなくなっていた左腕を支えるかのように。


「この程度で……外見の割には、大したこと無いんだな」
 そう言い放った相対している男――同じ「17才前後の少年」にしか見えないその者は、相手からもぎ取った下腕部を後ろに放り投げた。
こちらは相対しているものとは違い整った体型をしていたが、形態こそ違うものの、同じ夜闇の色をした衣服にローブを身に纏っていた。
 まるで「ファンタジーに出てくるような魔法使い」――どう見ても不利な体型をしたその者が、逆に「竜」を圧倒しているのだ。
 腕を放り投げた血まみれの手で、被っている円状の帽子を整えながら、鋭い目つきを相対している「竜」に向けた。

「だから無関係な人間しか襲えないって訳か……反吐が出る。力があるのはその股間の汚物だけか?」
 侮蔑を込めそう吐き捨てながら、彼はふと横目で、うずくまっている女性を見た。
 無理に掴まれた痣や秘部から流れる愛液に混ざる汚濁が、犯された経緯を説明していた。その美女は、現状の戦い、いや一方的に押している惨劇に「関係ない、巻き込まれたくない」といわんばかりに震えていた。

「うっ……っぅっぅぅうるさあぁぁぁぁいぃっ!!」
 そう咆哮した「竜」の少年は翼を広げ、飛び込むようにして「魔法使い」に突っ込んでいった。大きな鉤爪が振り下ろされようとする、それと同時に「魔法使い」の背後の影から尻尾の先端が襲い掛かってきた。
 先程「竜」が飛び込む前から自分の影に仕込むように飲み込まれた尻尾が、「影」となった「闇」を通して彼の背後辺りに潜伏していたのである。
「お前だってっ! お前だって僕と同類だろうがぁぁぁっっ!!」
 まるで子供が喚くように叫びながら、鉤爪と尻尾が「魔法使い」を今まさに仕留めようとして―


『バシッ!!』


 何かを掴むような音、それらが重複した一瞬の音が辺りに響く。 その直後、「竜」の顔には驚愕の色が明らかに出ていた。同時に攻撃した尻尾と鉤爪の両方が「魔法使い」の手の中で止まっていたのだから。
 「魔法使い」は仕掛けてきた「竜」の罠などあっさり見抜いていたのだ。
 そして顔色を変えることなく、上半身を半分ほどくねる様にして、その左手で『竜』の右手を、その右手で身体を貫こうとした尻尾の先端をそれぞれ掴んでいた。 その掴んだ手は凄まじい握力なのか、「竜」の攻め手の二つは、いくら「竜」がもがいても微動だに動くことがない。
「……どれほどの『力』を得たかは知らないが、この程度の知恵を持つ者なら何体とも戦ってきたぞ。数えるのを忘れるくらいになっ!」

『グシャッ!』
「っがぁぁああああああぁぁっっ!!」

 「魔法使い」の右手が、掴んでいた右手を握りつぶした。もはや悲鳴ともいえる「竜」の咆哮が轟く。 しかしそんな状態にあっても「魔法使い」の左手は、暴れる「竜」の鉤爪を掴んだまま微動だにしない。
 そして「魔法使い」は、まるで『正拳突き』のような体制をとる。 その拳は、まるで吹き出るようにして瞬時に「闇」が纏われる。拳の肌の色が全く見えないほどに、漆黒の闇が。
「自分の罪……そして影魔に堕ちた業、断罪してやるよ――虫けらがっ!!」
 その言葉、そして怒りの形に変化した表情と共に、「竜」の身体に『闇』の力が纏われた拳が放たれる。

「デストロイ・クラッシャーッッ!!!」


『バンッッ!』


 拳が「竜」の胴体に叩き込まれた瞬間――「竜」の身体は《弾けとんだ》。
 その胴体を中心に、腕も、足も、頭も、全てが吹き飛んだのだ。
 そして、頭を除いたその身体の全てが、地面に放り出されると同時に、灰になるようにして消えていった。魔法使いが握っていた左下腕部もその本体が吹き飛ばされてから少しして、同じように滅んでいった。
 ただ残った頭の部分だけが、女性の下に転がり込むように残っていた。

「・・・いたい・・よ・・・・・たすけ・て・・おねえ・・・・ちゃ・・・・・たす・・・・・・・・・」
 ただ残った頭の部分だけが必死に呟く。先程まで犯していた女性に助けを求めて。 まるで「針とび」しているかのような命乞いが響く中、その「竜」の血で紅く彩られた「魔法使い」が歩み揺ってきた。
「・・・おね・・・・がっっっっ!!」
「何を勝手なことをぬかしている」

 「魔法使い」の、「竜」を弾き飛ばした手が「竜」の頭を掴む。
「自分の欲望のみで苦しめた相手に命乞い? 勝手極まるんだよっ。相手を弄ぶという事が、どれだけの罪業かもわからないんだったら、最初からやるべきでなかったんだよ……っ!」
 「竜」の頭を掴んでいるその手に力がこもる。
「大体、他の存在を踏みにじるエクリプスの分際が、『欲望』、『幸せ』を得られるとでも思っているのか? 貴様らにそんな権利はないんだよ…っっ! 自分勝手な貴様らに与えられる欲望など一欠けらも無いっ! エクリプスに堕ちたこと、欲望に呑まれたことを悔やみながら…苦しみぬいてのた打ち回って死ねっっ!!!」

『バンッッ!!』

 言葉が終わると共に、一気に掴まれた頭が握り潰された。美女の悲鳴と共に飛び火した肉塊は……そのまま闇に解けるようにして消えていった。 これによって「竜」が「存在していた」ことが全て抹消されたことになる―

「……ふん、こいつの能力(スキル)はなかなかのもののようだな。宝の持ち腐れ、というわけか。まぁ『上級エクリプス』にしては単調な奴だったしな」

 周りを覆っていた闇が薄れ、月夜の光が流れ始めてゆく中、そう呟いた「魔法使い」は震えている美女に向き直る。

「…いや…こないで………こないで……こないで……」
 助けられたはずの美女は、礼を言うことなど忘れ、彼を見ることなくただ必死に自分の命乞いのみを呟いていた。
 確かにあのような状況を見せられて、そんな相手に礼を言うのは無理があるが……しかしその「魔法使い」はそんな女の態度など気にすることなく、自らのローブを、彼女を包むようにして投げつけた。
 そして、蔑んだ瞳で話し始める。

「……人間というのは身勝手だなっ! 自分の欲望の為なら、相手を平気で踏み躙るくせに、自分のみが危険になったら相手に媚びて命乞い。助かったら助かったらで、そいつを蔑みながら追い落とす。先程の『竜』にしても、元は人間だったのが、おろかな欲望で変化したものだというのに……
……まぁいい。今回は運良く助かったが、俺は元々お前を助けるつもりなど無かった。
次は無いぞ。本当に助りたいのなら、今日起きた事実を他者に伝え、その苦痛、そして戦うことを忘れずに生きることだな。形こそ違えど、今のような奴らは夜の闇には数え切れないほどいる。
命を永らえて、皆からの侮蔑と嘲笑を受ける慰み者として生きるか…自らの全てを懸けて、自身の尊厳と未来を得るか……今回の絶望と屈辱と共に、必死に考えながら生きるんだな。
……もっとも、貴様がさっきの奴のように《相手を侮辱する奴》なら、ここで殺してやるつもりだったがな」

 まるで独白のような宣告を言い終えると「魔法使い」は踵を返し、血まみれの顔のままその場を立ち去ってゆく。 後に残ったのは、「陵辱された後」の美女とそれを覆い隠すローブ、そして戦いの後を伝えるかのように残る血溜りの後だけであった…


――――――――――――――――――――
 それからしばらくして……その「魔法使い」は、やがて一つの学校らしき場所……その門の前にたどり着いていた。未だ深いその夜の中……月夜の明かり照らすその門の名札には、「天恵学園」という名が刻まれていた。

「やっとここまで来たか……………………もっとも、ここからが本番だがな………っ」
 感嘆の想いをもって、「魔法使い」はそう呟く。
「……今まで《あの子》を踏み躙って《幸せ》を得てきた罪業………ようやくそれが断罪される時が来たぞ………糞蛆………無価値っっ!」
そう吐き捨てる彼の表情は、先程見せたのとは比べ物にならぬほどの「憤怒」に満ち溢れていた。
その表情をもって、彼は「竜」を滅ぼしたその手を握り締める。


「《あの子》が許しても、俺は絶対に許さない…っ! たとえ何があっても貴様ら全員を裁く………絶対に断罪してみせるぞ…っ!
この俺が……………………このワースエクリプスがな…っっ!!」

 学園に射るように睨みながら宣言する「魔法使い」……「ワースエクリプス」と名乗る男の瞳には……
 「憤怒、憎悪」そんなあらゆる「怒り」が込められていた――

 

 

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