渇望の狼

プロローグ

「お久しぶりですね。羽連真理さん」
 その人は手にしていたコーヒーカップを受け皿に戻し、やってきた女性に声をかけた。
「ええ。お久しぶりですわ」
 羽連真理と呼ばれた女性は返事をする。
 彼女は母性的な空気に溢れていた。柔らかな物腰の中に暖かな雰囲気を漂わせ、その目には深い知性と芯の強そうな光を湛えていた。彼女の優しさと愛情深さを表すかのように、左目下には泣きぼくろがついている。腰まで届く亜麻色の髪と妖艶といっていいほどの抜群のスタイル──巨乳好きの男性なら、思わず目で追いかけてしまう、豊かなバストと、それとは相反する引き締まった肢体をしている。年齢は誰がどう見ても二十代前半から半ばにしか見えない。
 真理は相手と同じ席に着くと、店員に紅茶を注文すると、
「あなた方からわたくしと接触してくるとは珍しい。何か急を要する事態でも起きましたの?」
 尋ねる。
「ええ」
 相手は緊張を隠すように、コーヒーカップに手を伸ばす。すると、
「お待たせしました〜」
 ちょうどそこに若い女性店員が紅茶を運んできた。
「ごゆっくりどうぞ〜」
 そういうと、店員はそそくさとその場から離れる。客足の多い時間帯ではない為、店内には殆ど客がいない。接客よりも携帯を弄くっている方が好きそうなその店員は、二人に対して、特に意識を払わず、そそくさと店の奥へと姿を消した。
 店員が姿を消したのを見計らい、カップを置くと、話を切りだしてきた。
「最近、福場市と呼ばれる市で、異形なもの達の活動が活発化しています。上層部は今のところ特に気にしていないようですが、私個人は少し気になるところがあります。ですから、もしよろしければ、仕事を頼みたいのですが……」
 真理は自身の紅茶を少しだけ口にすると、
「……他の方々はいないのですか?」
 カップを戻しながら、尋ねる。
「今のところ、ある一組が送り込まれる予定です。しかし……正直、不安なのですよ。ですからこうして、プライベートであなたと会っているのですが……」
 相手はそこで言葉を止める。
「つまり、組織からの命令ではなく、あなた個人の頼みという事ですか?」
「ええ。今は退いてしまったあなたに、こんな事を頼むのは心苦しいですけど」
 相手は心の底から申し訳なさそうにいう。
真理はかつて、法王庁滅魔省特務シスター・通称『イバラの姉妹』と呼ばれる組織に一時的に所属していた。しかし、現在、組織の第一線からは退いていた。
「いえ。分かりましたわ。お引き受けします」
彼女はその仕事を引き受ける。
『イバラの姉妹』からの仕事。それは闇の住人達がもたらす災い、罪なき人々を苦しませる邪悪な影達との戦いに他ならない。組織から抜けたといえど、そのような邪悪に対し、見過ごす事など彼女にはできない。
 真理の返事を聞いて、
「引き受けてくれて、ありがとうございます。では、私のできる権限内で精一杯、サポートさせていただきます。よろしくお願いします」
 相手は深々と頭を下げた。

第一章『福場市』

      1

 福場市公立高等学校二年一組に二人の少女が転入してきた。
「羽張鈴です」
 片方の少女が簡単に自己紹介をする。
 ショートに切られた髪の一部をピンで留め、華奢といっていい体型は、高校生という年齢には見合わない。恐らくは中学生といっても充分に通じるだろう。幼さが残る整った顔立ちで、猫のように大きな目は、やや伏せ目がちで、臆病そうな光を宿していた。儚げな鈴蘭のイメージを抱かせる美少女だ。
「羽連悠美です」
 次にもう片方の少女が自己紹介する。
 肩くらいまで伸ばしたストレートの髪には、唯一の装飾品といっていい青いリボンで留められ、その体型は鈴と呼ばれた少女よりはマシだが、やや年齢よりも幼い感じを与える。あどけないといっていい顔立ちで、垂れ気味の大きな目には、優しい人柄を感じさせる。清純なユリの花をイメージを抱かせる、美少女である。
 二人の美少女に、クラスは沸き立つ。
 しかし、二人共に内向的な性格な為か、その沸き立ちに対し、恥ずかしげだ。それを察した担任は、
「お前ら、静かにしろ。ホームルームはまだ終わっていないんだからな」
 二人を席につけると、HRを続ける。


 昼休み。
 悠美が母親が用意してくれた昼食のお弁当を食べていると、
「羽連さんって、ここにくる前、御座市からきたんだよね」
 クラスメイトの女生徒が声をかけてきた。
「え、うん……そうだけど」
「大変だったでしょ、災害」
 相手は悠美に同情するように、しみじみとそういう。
 御座市で起きた未曾有の大災害。『あるもの』が引き起こした、この大災害により、多くの人々が傷つき、家屋を失った。
 ただ、政府が速やかに災害救助活動を開始してくれたおかげで、現在、比較的順調に、復興活動がなされている。
「……でさ、災害にこきつけてか、ネット上じゃなんか変な噂が流れているのよ。人が化け物に変身したとか、天使が現れたとか。ぶっちゃけありえないよね?」
 悠美はそれに対し、どう対応すればいいのか分からないといった表情をしたあと、
「う、うん、そうだよね」
 簡単に言葉を返す。
「まあ、他とかでも、変な話、聞いた事あるけど。狼男とかさ。今時、狼男は古いっつう〜の。そういえば、この時期の転校って珍しいよねえ。それもわざわざ別の市に……」
 相手はそこまでいいかけて、うっかり、口を滑らせてしまった事に気づく。
「って……やっぱり……あれ……? 災害のせい?」
 申し訳なさそうに尋ねてくる女生徒。
 それに対し、
「うぅん……親の仕事の都合でね」
 首を静かに横に振り、答える悠美。
「へえ〜、大変ねぇ」
 その時、同級生の一人が女生徒を呼んだ。
「ちょっと、ごめん。友人が呼んでるから」
 女生徒は顔の前で謝るように両手を重ね、苦笑いを浮かべると、呼んだ相手の元にいく。
 悠美はその後姿を見送ったあと、軽く溜息をつき、お弁当を片づける。ふと、喉が渇いたので、売店に向かった。
 ちょうど、人が混む時間帯を外しているせいか、売店には余り人がいない。しかし、
(あれって確か……)
 僅かに見覚えのある少女がいた。羽張鈴だ。
 一人、寂しそうにジュースを飲んでいる彼女を見て、
「ねえ……」
 悠美の方から声をかけた。彼女から、積極的に話しかけるのは珍しい事だ。しかし、偶然とはいえ、同じ日に入学したもの同士、ふと声をかけたくなっても仕方がない。
「確か、羽張さんだったよね?」
「えっ……うん……」
 声をかけられた鈴は、どう対応したら、分からないといった感じで返事をする。
「……あなたは……」
 人の名前を覚えるのが苦手なのか、とっさに彼女の名前がでずに困っている鈴に、
「羽連悠美。悠美でいいよ」
 彼女はフォローする。
「……あたしに……何か用……?」
 鈴はおどおどしながらも、尋ねる。それに対し、
「うぅん。ちょっと見かけたから、声をかけただけ……もしかして……迷惑だった?」
悠美の言葉に対し、
「……うぅん……迷惑じゃ……ないよ……」
 鈴は首を振りながら、そう答えた。
 悠美は売店で適当な飲み物を購入。それに口をつけながら、彼女と軽い雑談を交わす。
 内容は大したものではない。お互いに当たり障りのない会話だ。初めて話すもの同士特有のたどたどしい会話。
 しかし、悠美は、このとるに足らない会話が楽しくて仕方がなかった。その様子は、あたかも、祖国に帰ってきた兵隊が、自身が守ったものを確かめるような赴きであった。
 授業開始のチャイムが鳴る。
 二人は雑談を交わしながら、教室に戻っていく。


学校を終えた悠美は、真っ直ぐ現在の住所であるマンションに帰る。
「ただいま〜」
 そういうと、
「お帰りなさい」
 部屋の奥から、エプロン姿の真理が顔をだしてきた。
 一見しただけでは、姉妹か何かのような二人だが、義理の親子である。二人には血の繋がりこそないが、それ以上の心の繋がりを有し、そして、共に共通する力と秘密を有していた。
光翼天使という名の力を。
そして、欲望の果てに人である事を止めてしまった存在、己の闇に心を蝕されてしまった存在・エクリプス(影魔)に仇を成す、影の狩人という秘密を。
「どうだった。久しぶりの学校は?」
 真理の言葉に、
「うん。皆、いい人だったよ」
 悠美はそう返事をすると、部屋に戻り、服を着替える。
「同じクラスに、他に転入してきた娘がいたよ。羽張鈴って娘」
服を着替え、リビングにやってきた悠美は学校の事をあれこれ喋る。
娘のその様子を、愛でるように見つめる真理。この平穏が一生、続けばいいのに。それが不可能な事だと分かっていながらも、彼女はそんな事を考えてしまう。
「あらあら。悠美よりも大人しいなんて。珍しい」
 真理は娘の会話に茶々を入れた。
「これでも、わたし、少しは明るくなったんだからね」
 その茶々に対し、軽く膨れてみせる悠美。
 確かに以前の彼女はもっと大人しかった。否、暗かったといっていいだろう。必要以上の人との関わりを断ち、誰かと何かを築くという行為を酷く恐れていた。
 人と人同士を結ぶ絆とそこから生まれる感情。それらを抱く事が怖かった。
 しかし、ここ福場市にくる前にいた御座市にある天恵学園でであった一人の少女が、そんな彼女を変えてくれた。否。精確には二人。
 一人は一之瀬恵理子という少女。
 そして、もう一人は新野瞳。
 前者はその素直さと優しさに。
 後者はその影と悲哀さに。
 天恵学園での出来事、そして、そのあと御座市で起きたもう一つの『事件』は、確実に悠美を一人の人間として成長させた。
 逞しく成長した義理の娘を、真理は嬉しいと感じる反面、彼女に背負わせてしまった深い業に対し、負い目を感じてしまう。元来なら、他の同世代と娘達と、青春を謳歌していても、いい年頃。なのに、ある出来事のせいで、一時的とはいえ、死に別れをし、悠美を過酷な戦いの道へと歩ませてしまった。
 修正は、まだ間に合う。このまま、歩ませ続ければ、いつか娘も自分と同じ目に合うかも知れない。娘の幸せを考えれば……
 そんな事を考えていると、
「大丈夫だよ」
それを見透かすように、悠美が声をかけた。
真理が時折、そのような負い目を感じている事を、彼女は気づいていた。
しかし、背負った業とそこから連なる道を選んだのは、他ならない自分自身。故に悠美は真理を恨んでなどいなかった。
「ありがとう」
 真理はその言葉に対し、心から礼をいう。そして、エプロンを外すと、『仕事』の打ち合わせを始めた。
 現在、二人がいるマンションは、『イバラの姉妹』が用意してくれた仮の住居だ。2LDKの一室は、二人で暮らすには充分過ぎる広さである。この市の滞在する予定期間はおよそ三ヵ月間。住民票などの細々とした手続きは、全て組織が済ませてくれている。市の下調べもきちんと終わらせているから、今日から活動する事は可能だ。
 しかし、気がかりがある。組織から送り込まれている一組の存在だ。
「今日のところはどうする? 組織から送り込まれてきた人達と連絡をとるのも一つよ」
 真理が尋ねてきた。その顔は、先程までの母親のものではない。戦場に赴く戦士の顔だ。
「う〜ん……と」
 それに対し、悠美は考える。
 組織から送り込まれてきた一組の住所は分かっている。連絡をとって、共同するのも一つの手だ。しかし、
「今日からにしよ。相手がどういう人達か分からないし、それに……」
 悠美はここで一息入れると、
「わたし達の正体……ばらさない方がいいだろうし」
 そういった。
 聖なる天使の力とはいえ、異形のものである事は変わらない。安易に人に見せびらかすものではない。特に悠美の場合、自分達が狩るべき影魔達と同質の力を有している。相手によっては、問題になるかも知れない(組織との関係上、戦闘になるとは思えないが)し、今後の活動に支障をきたすかもしれない。その事を考えれば、よほど何かがない限り、共同で行動はしたくなかった。
「そうね。で、どうする? 一緒に行動する? それとも別々に?」
 娘のそんな心を、真理は読みとり、どう行動をするかを尋ねる。

     2

 悠美は人気のない道を一人歩く。
 時間は夜の十時を回った頃だろうか。年頃の少女が一人歩きするには、いささか時間が過ぎている。まして、今、彼女が歩いている区画は、犯罪多発地帯として、市警にマークされているところだ。そんなところを一人歩きするのは、危険もいいところだ。まさしく虎口に飛び込むが行為である。
(この辺でエクリプスを感じたんだけど……)
 悠美はある気配を追って、ここにきた。
 エクリプスは、独特の気配を持つ。常人とは異なる気配を。そして、ある種の魔力を有している。普段はそれらを隠して、人間社会に潜伏している影魔だが、活動する際、どうしてもそれらの片鱗をだしてしまう。故にそれらを感じとる事ができる人間なら、捜しだす事は可能だ。
 彼女はふと周囲の暗闇を見回して、ごくりと唾を飲み込む。先が見えない闇。
(やっぱり……一緒に行動した方がよかったかな……?)
少しだけ彼女の心に恐怖が涌いてくる。
 真理とは別行動する事に決めた。理由は単純である。
複数のエクリプスの活動に対処できるようにする為だ。この市からは、影魔の仕業と思われる情報が、複数入っている。二人一緒に行動した場合、もし、離れた場所で活動があった時、対処に遅れてしまう。
 それを避ける為に、別行動をする事に決めたのだ。
悠美はポケットの中のロザリオを掴み、そして、静かに目を瞑ると、
(……恵理子……ママ……)
 涌きでてきた恐怖を抑えるように、自身が守らなければいけない人達の事を考える。分かれてきた親友の事を。
そして、同時に、
(見つけた!)
 エクリプスの気配を感知した。
 彼女は鋭い目線で、気配の方に走る。
 気配に近づくにつれ、周囲の照明灯の数が少しずつ減っていく。やがて、それらの姿は遠いものとなり、完全な暗闇の帳が、視界を閉ざす。
 普通時なら、このまま引いたかも知れない。しかし、今夜は満月。そして、夜空には雲がなく、星の光が煌々と瞬いている。故に目的の場所まで行き着く事ができた。行き着いた場所は……
 廃墟旅館であった。
 闇に潜むものは、往々として闇が潜むに相応しい場所にいるものだ。
 悠美が辿り着いた場所は、まさにエクリプスに相応しい場所であった。
 彼女は周囲の暗闇に気を配りながら、廃旅館に入る。
 廃旅館を探索する悠美は、敵の位置を気配から察しながら、探索する。
 暗闇と迷路にも似た旅館内部。そして、腐敗の進んだ木製の床。それらが一体となって、悠美の歩みを遅らせる。
 普通の少女──否、例え、成人した男性だとしても、このような場所を進むのは、かなり恐ろしいものがある。腐った床は簡単に壊れるだろうし、迷路にも似た旅館内部とかつて使用されたであろう旅館オブジェクト達は、人の恐怖心を煽るに充分過ぎる。そして、周囲に広がる暗闇は、無用な想像力を駆り立て、恐怖に棹を刺す。
 それでも悠美は、旅館内部を探索し続ける。
ただの闇など、人の闇と比べれば、どれほどのものだろうか。覚悟を決めた悠美の心は、廃旅館の闇如きに遅れをとりはしなかった。
 一通り探索し終えた悠美は、かぶき屋根の小さな離れがある事に気づく。貴賓室か何かに使われていた一室だろう。そこから、影魔の気配が強く感じられた。
 少女は唾を飲み込むと、離れに向かう。


 離れの中は、刺激臭で満ちていた。
 廃墟の臭いではない。生物特有の生臭さだ。
 しかし、特に害はなさそうだから、これといった注意は払わずに、臭いの元となっている一室を探す。
 山椒の匂いの中に性臭が混ざりだす。それは、部屋に近づくに連れ、強まっていく。
 そして、探していた部屋に辿り着くと、悠美は中にいるもの達に気づかれないように、そっと入り口を開く。
中は廃墟旅館とは思えない、保存のいい洋室で、悪趣味なピンク色に光るモヤが漂っていた。
ベッドの上では、まるで悪夢から抜けでてきたような化け物──大山椒魚と人間が合体したような化け物が、一人の女性を押し倒し、激しく腰を動かしている。
女性の方は、もう絶望に心を凍らせているのか、声も上げない。
(……エクリプス!)
 悠美は怒りに目を尖らせ、歯を噛み締めると、ポケットのロザリオをとりだす。そして、相手を威嚇する意味を兼ねて、勢いよく音を立てて入り口を開くと、
「聖なる光よ、わたしに希望の翼をッ!」
 叫ぶと同時に、ロザリオを掲げた。
 すると、ロザリオから光が溢れだし、彼女の身体を包み込む。
留めていた青いリボンが解け、癖のないストレートの黒髪が、腰まで伸びたプラチナブロンドに変わる。年齢よりも幼かった身体も、大人びたものへと変化する。特に顕著なのは、その胸だろう。恐らくCカップは下るまい。低めだった背もぐんと大きくなり、肉づきのいいすらりとした太腿が伸びる。
 消滅した服の代わりに、光は戦いの為の衣装を形成しだす。ハイネックの黒いスーツが肌に密着し、白地にゴールドでふちどりされたケープは神々しいイメージを与え、極端に短く、腰まで刻まれた深いスリットを持つ、マイクロミニのスカートは扇情的なイメージを与えた。白で統一された長手袋とニーソックスは、清潔感と同時に肌のきめ細かさと美しさを引き立たせる。
「光翼天使ユミエル! ここに光臨(ブレイク・ドゥーン)!」
 名乗るのとほぼ同時に変身が完了した。背中に光の翼をはやし、フェティッシュな聖衣を身にまとった美しい天使の姿へと。
 変身が完了した彼女は、握り締めているロザリオを柄に、光の剣を形成。問答無用で、大山椒魚の身体を薙ぎ払う。
 エクリプスは、碌な対応をする事ができず、上半身と下半身、真っ二つに切り裂かれた。
傷口からは盛大に血や体液がほどばしり、周囲の刺激臭が強まる。
「大丈夫ですか!」
 完全に相手を仕留めたと思ったユミエルは、犯されていた女性の元にかけよろうとしたその時!
濡れた床から、鋭い電流が彼女を襲う。
「きゃああああッ!」
 その電流をまともに受けて、ユミエルは思わず悲鳴を上げた。
「くうッ……」
 電流が止まるのと、ほぼ同時に彼女は床に倒れる。同時に剣を床に落としてしまった。ユミエルの手から離れた聖剣は、ただの十字架に戻ってしまう。
「ふぅ。噂通り、とんでもねえアマだな」
 彼女の後ろから、鰻と人間が合体したかのようなエクリプスが現れた。
「何してたんだよ、アングイラエクリプス。真っ二つにされちまったじゃねえか」
 大山椒魚のエクリプスが、平然と話しかける。真っ二つにされているにも関わらず、何ともないようだ。何と強靭な生命力だろうか。
「へへへ。しょうがねえだろ、テメエが真っ二つにされるまで、隙が殆どなかったんだから。まあ、いいじゃねえか。無事なんだしよぉ。それに……」
 アングイラエクリプスは好色そうな目でユミエルを見つめながら、
「こうして、よりいい獲物も捕まえる事ができたんだから」
 嬉しそうに呟く。
 彼女はきつく歯を噛み締めると、身体を動かそうとする。しかし、強力な電撃を不意に受けてしまった為、身体が麻痺している。それでも、懸命に事態をどうにかしようと、頭を巡らす。
(何故……何故、感知できなかったの)
 決して油断はしていなかった。しかし、何故かアングイラエクリプスの存在を感知し損ねてしまった。
(漂っている刺激臭。この臭いのせい?)
 離れに漂う刺激臭が、自分の感知能力に対し、何らかの妨害をしたのだろう。何の危険もなさそうな臭い。しかし、感知能力に支障をきたしたと気づかせないレベルで、影響を与えていたのだ。無意識に弱い反応を見落とすように。
 生命力の強い大山椒魚の影魔は、注意を引きつける為の囮だったのだ。
「……クッ、迂闊……」
 ユミエルは悔しそうに、小声で呟く。気配の感じから、下級エクリプスだと予測していた。故に今の自分の実力なら、簡単に倒せるだろうと、どこか油断していた。
 その表情を見て、
「げひゃひゃひゃひゃあッ。まあ、そんな悔しそうな顔すんなよ。こちとら黙って、テメエら天使なんかに、狩られたりしねえよ。それに上前をはねられねえよう、常に用心を心がけていたからなあッ!」
 愉快そうにいう鰻の影魔。
 下級エクリプスは最も数の多いエクリプスだ。しかし同時に、影魔のヒエラルキーにおいて、下層の存在でもある。所詮は自身の影に溺れた存在。自身の影をもとり込んだ、強靭な我欲の持ち主である上級エクリプスには、単純な戦闘力においても、特殊能力においても敵わない。故に捕らえた獲物を奪われないよう、いつでも不意打ちをしかけられるよう、用心していたのだ。
「いいか、下手な真似はすんじゃねえぞ。でねえと、この女の命はねえからなあ」
 真っ二つにされた大山椒魚の影魔の上半身が、大きな口を開き、被害女性に狙いを定める。下級とはいえ、人間一人、一瞬で殺す事など容易い。
「助けて欲しければ……分かってるだろ?」
 アングイラエクリプスは愉快そうにいう。
(くうっ……!)
 ユミエルは目を鋭く尖らせ、睨む。
 自分の事よりも他人の事を優先して考えてしまう心優しき天使。その心につけ入った、薄汚く卑劣な要求に憤る。
 それに対し、
「へへへ、そんなに怖い顔するなよな〜」
彼は汚しがいのある獲物だと嬉しそうに目を細め、倒れている彼女に近づくと、
「じゃあ、俺から楽しませてもらうぜぇ。こいつをお前さんの身体で慰めてもらおうかあ」
 ユミエルの顔に股間を近づけた。
 彼の股間からは、巨大な鰻が伸びていた。比喩表現ではない。彼の男根は、文字通り、鰻の姿をしていた。
「もうそろそろ、痺れはなくなってきてんだろ? 頑張って抜いてくれよな」
(そんな……自分からするなんて……)
 彼女は屈辱と羞恥に、頬を染める。
 エクリプスに負けた事がないわけではない。これまでだって、散々に敗れ、肉体を弄られてきた。性奉仕を強要された事だってある。しかし、だからといって、これらの行為が好きになるわけはない。好きでもない相手への奉仕など、誰が好きになれようか。
 彼女は落とした十字架と人質になっている女性の方を見る。
 意識がないのか、全身が脱力している。しかし、僅かに上下する胸の動きから、彼女がまだ生きている事が確認できる。落とした十字架は、手を伸ばせば届く距離。ならば……
 ペチャペチャペチャ……
 性奉仕を開始する。エクリプスの男根を両手で握り締め、擦りながらも、舌で舐める。
敵の油断を誘う為、捕らわれている女性を助ける為に、ユミエルは望まぬ奉仕活動に殉じする。己の身を汚すのもいとわない高潔なる自己犠牲の精神。
「げひゃひゃあ。いいぞ、慣れているじゃねえか。天使様よお〜」
 しかし、そんな精神に興味ない欲望の影は、下卑た笑みを浮かべながら、貶めるように褒める。
 ユミエルはその言葉を無視して、奉仕に集中する。
 本物の鰻同様に、ぬるぬるとした男根。体液で滑り、中々上手く握れない。それでも懸命に手を動かし、黒長い鰻の腹に舌を這わせる。
「よし、今度はくわえやがれ」
 従順に自分に奉仕する彼女に気をよくしたのか、命令する鰻影魔。
 彼女は鰻男根を恐る恐るくわえ込もうとする。しかし……
「トロトロしてんじゃねえよ!」
 興奮したアングイラは、いきなり、彼女の口内に押し込んだ。
「グウうぅ……ッん!」
 いきなり、押し込まれた男根に息を詰まらせる天使。口の中で鰻男根のヒレがピクピクと動いている。
「オラッ! もっと飲み込みやがれ。全部入らんねえと、気持ちよくねえだろうがッ!」
 アングイラはそういうと、ユミエルの頭を掴み、押し込んだ。
「ううぅん……うッ!」
 鰻男根が喉深くに入ってくる。いとも簡単に食道を通り過ぎ、胃袋まで到達する。
(いっ……息ができない……苦しい……)
 鰻男根が喉に詰まっているせいで、息ができない。
 顔が真っ赤に充血しだし、燃やされているように熱い。意識が少しずつ遠くなる。肺に残った空気が、胸を圧迫する。
「げひゃひゃひゃッ、どうした? 顔を真っ赤にして? 目が陶酔しているぞ。気持ちいいのか〜?」
 相手を気遣うという概念を持たない影魔は、相手の身体の変調を、自分の都合のいいように解釈。そして、
「オラあッ! 動きやがれェ!」
 掴んでいる彼女の頭を激しく前後に動かす。
 じゅぽっじゅぽっと激しい音が室内に響く。
 アングイラは彼女の頭を動かしながらも、腰から生えている尻尾のような尾ビレで、天使の秘部を、下着越しになぞった。
「ぐうぅん……っん!」
 ユミエルは無駄と知りつつも、それに抗議と苦悶の声を上げた。
 尾ビレは、丁寧に動き、彼女の秘部を弄る。幾度となく溝をなぞり、ぐりぐりと押しつけ、クリトリスを撫でる。ぬるぬるとした粘性の高い体液とぶよぶよとした柔らかい肌、そして、絶妙な柔軟性を持つ尾ビレの責めに対し、彼女の秘部は少しずつ熱を持ち始める。
(くっ……またなの……)
 これまで幾度となく欲望の影達にぶつけられ、恥辱と苦悶の陵辱を受けてきた肉体。異形の化け物達によって、全身の穴という穴を開発され、様々な淫虐を受けてきた肉体は、忌々しくも、普通の人間よりも快感に従順なものになっていた。
(こんな……身体……いやぁ)
 そんなユミエルの心とは裏腹に少しずつ熱を高めていく秘部。それに対し、
「おいおい、どんどん熱くなってきてるぞ、アソコ。これじゃあ、光翼天使ならぬ淫欲天使だなあ!」
 愉快そうに罵るアングイラ。
 その言葉を否定するように、首を横に振るユミエル。
 それを見て、
「ケッ、淫欲天使の分際で、恥ずかしがってんじゃねえよ、コラアッ!」
 アングイラエクリプスはいきなり、全身から電流を発した。
 その電流に、目を大きく開き、声なき声を上げるユミエル。指先まで痺れ、鰻男根をくわえ込んでいる喉や口中が電熱で熱い。心臓が電気ショックで震える。
「おいおい、まだ殺すなよ。オレが楽しんでいねえんだから」
 再生中の大山椒魚の影魔がそれを止めた。自分の楽しみがなくなると思ったのだろう。
「おっと、悪ぃな」
 それに対し、鰻影魔は電気を流すのを止め、軽く声をかけた。そして、腰を引いて、ユミエルにくわえさせていた鰻男根を引き抜く。
 はあはあと息を荒げながら、呼吸するユミエル。電流責めのせいで、心臓が激しく鼓動を刻む。天使の肉体だったからこそ、何とか耐え切れたが、普通の人間なら、確実に感電死していただろう。電気と窒息、そして、急激な血圧上昇で、意識が呆然とする。
「じゃあ、あとも控えているから、終わらせるとするか」
 アングイラエクリプスはそういうと、彼女の後ろに回り、桃尻を掴むと、濡れた下着をずらし、小さなアナルに一気に刺し入れた。
「ぐうぅ……うぅぅ〜……ぅん」
 鰻男根を容易く飲み込んでいく不浄の穴。狭い腸内が広がり、男根が内臓を圧迫する。
「凄ェじゃねえか。特に弄くっていねえのに、簡単に飲み込んでいきやがるぜ!」
 根元まで入れると、アングイラは激しく腰を動かし始めた。
 柔らかな肉同士ぶつかり、濡れた体液がぬちゃぬちゃといやらしい音を立てる。アングイラは激しく息をし、腰をユミエルの尻肉にぶつけるように腰を打ちつける。
(駄目……こんなんで気持ちよく……なったら)
 無言で尻穴責めに耐えるユミエル。乱雑な責めであるにも関わらず、快楽を感じてしまう。快感が癖になってしまった己の穴が恨めしい。
 無言で犯される彼女に不満を感じたのか、欲棒から電流を流す鰻影魔。先程の電流とは違い、かなり弱い電流。しかしそれ故に快楽となり、彼女の中枢神経を刺激する。
 激しいピストンと、それにあわせるかのように、腸内でピクピクと動く男根のヒレ、そして、火花のような電撃快感に、
「ヒグゥッ……くぅう……ああぁああ!」
彼女は思わず声を上げ、大きく口を上げる。唇からだらしなく涎が垂れ落ちた。
「オラオラアッ! もっとヨガレェッ! 声を上げろおッ! げぇひゃひゃあッ!」
 鰻影魔はそういって、腰を振り、強弱をつけながら、電撃を流す。
 湧き上がる快感に耐えようとするユミエル。しかし、痺れと神経を焼くように刺激する電流、そして、腸内で蠢く鰻男根が、快感を運んでくる。
「くふぁ……ビリビリくるぅ〜……ふあああああン!」
 甘美な電気刺激。肉壁の痺れを心地よく刺激する鰻男根に、彼女はよがり声を上げた。
(や……駄目ぇ……こんな奴のいう通りになんかしちゃ……)
 そして、自分がだした声を聞いて、羞恥心が舞い戻る。顔を真っ赤にしながら、声を噛み殺そうとするも、
「ふあッ……くぅん……ふぅうん……」
鰻影魔が与える快感はそんな事では防げない。
 そこで手で口を防ぎ、必死に快感に耐える。
「おやおや、天使ちゃん。お手手でお口を防がなきゃ声を隠せないほど、感じているのかい?」
 人質をとっている大山椒魚が、不意に言葉を投げてきた。
 自分の痴態が客観的に観察されている事に、ユミエルは恥辱を殺そうと目を瞑る。
「おやおや、今度は目を瞑って。見られているのが恥ずかしいってか?」
「ケツ穴まで開発されておきながら、今更恥ずかしがるなよ、このド変態があッ!」
 アングイラが再び、強烈な電撃を流してきた。
「くぅああああああッ!」
 強烈な電流の苦痛に、悲鳴を上げるユミエル。
 しかし、苦痛からだけではない。電気責めに快楽を感じ始めている天使の神経は、電流の苦痛に対し、マゾヒスト的な快感を送り込んできた。
(くぅう……絶対に流されたりしない……)
それに耐えようとするも、
「ひィっ……ひぎぃ……くああああぁん!」
 しかし、天使は耐え切れない。快感が身体中から溢れだす。
 バッグで責めていた鰻影魔は、不意に彼女の胸に手を伸ばす。手の動きにあわせて、むにゅむにゅと変形する美乳。手の平全体を使って、ボディースーツの滑らかな感触とおっぱいの柔らかな感触を楽しみ、硬くなっている乳首を探り見つけると、それを弄くる。
 彼はそのまま彼女を抱きかかえると、Vの字を描くように大きく足を開かせ、大山椒魚影魔に体液──鰻影魔の体表を覆うものと、彼女自身が溢れださせてしまった恥汁──で塗れ、僅かに透けている純白のショーツとそこに隠されているべき秘花を見せつける。
「おおっ……スゲエ……綺麗なピンク色をしているな。いったい、これまで何本ぐらい下の口で咥えてきたんだ?」
 見せつけられている大山椒魚の影魔が声を投げる。
 それを無視しようとするユミエルだが、
「ほら、答えろよ。でないと……」
 おっぱいを弄くっていたアングイラは、スーツ越しに勃起している彼女の乳首を摘み上げると、そこに電気を流した。
「ぐああぁん!」
 針で刺されるような痛みと同時に鋭い快楽に、よがるユミエル。
「おいおい、アングイラ。それじゃあ意味ないぞ。だって、こいつ、喜んでいるんだもん」
 彼女の秘部と反応を見て、苦笑するように呟く大山椒魚。ユミエルの肉花は甘い蜜を滴らせていた。
「……わたし……くぅあ……喜んでなんかいない……たっ……ただ、身体が勝手に……」
「感じちゃうってか? 好きものな身体だなあッ!」
 鰻影魔はそういうと、彼女の秘花に手を伸ばし、花弁に指を刺す。くちゅりといやらしい音を立て指が刺さり、花弁が広げられる。すると、女蜜が溢れだし、太股や突き刺さっている男根を濡らしていく。
「あそこをヒクヒクと動かし、だらしなく涎やマン汁を流しやがって。人質を助ける為にではなく、自分が犯されたくて、代わったのだな。これを見る限り、そうとしか思えん」
 広げられた花弁を見つめながら、大山椒魚の影魔は彼女を侮蔑ように呟く。それに対し、
「ち、違う。わたしは……この……女性をたすけ……うんっ……助ける為に、いやいや……くうぅん……やっている……だけェ〜」
 必死に否定の言葉を述べようとするユミエル。しかし、
「ケッ! 何が人質の為だ。じゃあ、感じてんじゃねえよッ。好きなんだろ、陵辱されるのがあッ!」
 アングイラは肉芽を摘み上げると、容赦なく、電気を流した。
 それは非常に弱く、時間にして一秒にも満たないぐらい短かったが、女体の中で最も敏感な箇所に電流を受けた彼女は、全身の神経が焼け落ちるような激痛を感じ、大きく目と口を開き、舌を伸ばす。まるで激痛を少しでも身体の外に逃そうとするように。
(くうぅ〜──!)
 しかし、感じているのは激痛だけではなかった。これまでに受けてきた陵辱によって、開発された身体は、この電撃に対し、嗜虐的快楽を感じていた。そして、同時に尿道の括約筋が、この電気責めによって、急速に弛緩。結果、
 ぷしゃあああ……
 おしっこを漏らしてしまった。透明な液体が床を濡らし、水溜りを作る。尿はあまり溜まっていなかったから、すぐに止まってくれた。が、
「いやいやいやッ……! ああぁぁぁぁ〜ッ!」
 今まで必死に耐えてきた快感と、漏らしてしまった恥辱。そして、放尿感が三位一体となって、ユミエルを高みへと導いた。全身を痙攣させ、思いっきり背中を仰け反らせる絶頂天使。
「げひゃひゃひゃあ! 何だ、こいつ。小便まで漏らしながら、イキやがったぞ。そんなに気持ちよかったのかよ」
 そんな天使を嘲笑い、罵るアングイラ。
(そんな……そんな……わたし……)
 エクリプス達の目の前で失禁してしまった事。それをきっかけに絶頂してしまった事にユミエルは清楚な顔を真紅に染める。
 だが、彼女は快感の余韻に息を荒げながらも、キッと唇を噛んで、心を持ち直す。
敵は今、完全に油断しきっている。この油断を利用すれば、この場を何とかする事はできる、と。
(……さっさと……イって……)
 射精した時に生まれる僅かな隙を狙う為、心の中でそう願うユミエル。二匹の油断と気を緩ませた瞬間を狙う。
 願いが通じたのか、
「げひひひひひ、だすぞ、テメエの中にだすぞおぉぉお!」
 アングイラはそういって、彼女を押し倒す。自身のだした尿溜まりにうつ伏せる放尿天使。鰻影魔は彼女の臀部を掴み、尻を高く突きだした格好にすると、力任せに腰を打ちつけだす。激しいピストンに、ユミエルの上半身はゆさゆさと揺れ、床に擦れる。頭はおろか胸元まで尿で汚れてしまう。
結合音が部屋に響き、肉花から二人の体液が混じったものがポタポタと滴り落ちる。
 そして……
「ぎひゃひゃあああッ!」
 アングイラは雄叫びと共に射精しようとした。
 肉体・精神共に隙だらけの格好のチャンス! 勝負を決める為、床に落とした十字架に手を伸ばす光翼天使。しかし……
「きゃああああッ!」
 十字架を掴んだ瞬間、ユミエルは思わず悲鳴を上げた。
 アングイラエクリプスが、帯電した精液を放ったからだ。予想だにしていなかった事態により、彼女は絶好のチャンスを逃してしまった。
(しっ……しまった!)
 ユミエルは自分が犯した失態に気づき、慌てる。しかし、悔しがっても、もう遅い。アングイラは、
「げひゃあ……いい穴してるぜ、全くよ〜! もっと楽しみてぇぐれぇだぜ」
そういいながらも、彼女から男根を引き抜いた。明らかに解けた警戒心が戻っている。
「ひひひ、次はオレの番だあ〜」
 再生を完了させた大山椒魚は、嬉しそうに呟くと、人質から顔を離した。
 たっぷりと天使の身体を味わってやろうと、目を輝かせながら、彼女に近づこうとしたその時──
窓を割って、漆黒の両手剣が部屋に飛び込んできた。
「ぐがあっ?」
 両手剣は大山椒魚の身体を貫き、床に刺さる。
 全長百九十センチ近くある両手剣。両刃の直剣で、刃渡りおよそ百五十センチ。身幅が広く、重ねも厚い。光沢のある黒い刀身には、細やかな刃紋が浮かんでいる。これといった装飾は施されていないが、逆にそれが刀身に浮かぶ波紋の美しさを際立たせていた。
「ぐがあああッ! たッ、助けてくれえぇッ!」
 悲鳴を上げ、助けを求める大山椒魚のエクリプス。身体を真っ二つにされても、平然としていた癖に、剣が突き刺さった程度で、こんなに慌てるとは。
「おいおい、どうしたんだよ? そんぐれぇで慌てやがって」
 最初、ただのオーバーアクションだと思い、平然としていたアングイラだったが、
「喰われるッ! 喰われるうぅッ! 助けてくれえぇぇえええッ!」
「おい、どうしたんだ! お前ならその程度どうって事ねえだろうが! 何が喰われるってぇんだ!」
 相棒のただ事ではない様子に、彼は思わず、とり乱す。
(今だ!)
 その隙をついて、ユミエルは掴んでいる十字架を、再び光の剣にして、アングイラエクリプスの身体に突き刺す。
「ちぃッ! しまったあッ!」
 光剣は、見事、彼の心臓を貫いた。
「ぐうぅ……がああああッ!」
 アングイラエクリプスは最後の悪足掻きに電流をだそうとする。しかし、
「ルミナス・エクスプロードオォッ──!」
 そうくる事を予測していたユミエルは、刀身に溜め込んでおいた光の力を、一気に解放し、爆発させた。
凄まじい閃光と爆発。
アングイラエクリプスの肉体は、内側からの爆発により、爆散消滅。更に爆発の余波で屋根に大穴が開いた。
爆発が終わると、彼女はゆっくり立ち上がる。
それを合図にしたかのように、大山椒魚のエクリプスの身体が崩れていく。息絶えたのだろう。ピンクのモヤは消え、暗黒の闇が部屋を包み、屋根に空いた大穴から、月の光が差し込む。
彼女は敵がいなくなった事を確認すると、人質になった女性のそばに寄る。
意識はないが、これといった外傷もなかった。呼吸も脈拍も安定している。不幸中の幸いである。
(わたしが……もっと早くにこれれば……)
 五体満足で助かったのは確かにいい。しかし、もっと早く駆けつければ、彼女は化け物達に犯されずに済んだであろう。そう思うと、ユミエルの心に痛みが走る。
被害者女性の記憶から、エクリプスに関わる記憶をなくす為に、彼女は光翼を大きく広げると、光の羽根を女性に向けて降り注ぐ。
燐光放つ羽根と降り注ぐ月の光、そして廃墟が一体となり、一種の幻想的な空間を作りだす。荒廃美とでもいうべき美しい空間。
蛍のように舞い落ちる羽根は、女性の身体に触れると、淡い光を上げながら、汚れと共に、儚く消えていく。
(……これでよし……)
 被害者の中から、エクリプスに関わる記憶を消し、この場所の浄化し終えた彼女は、被害者のものと思われる衣類を見つけ、着せると、
「……これはいったい……」
床に突き刺さり、月の光を反射する、漆黒の両手剣に近寄る。
自分を助ける形で飛んできた、黒き魔剣とでもいうべき業物。いったい誰が?
「どけ」
 すると、闇に覆われている入り口から、声がした。
 ユミエルはその声に対し、とっさに身構える。しかし……
(どこ? どこにいるの?)
 闇の帳に覆われているのと、刺激臭の影響か、声の主の存在を確認する事ができない。声の感じからして、近くにいるのは分かるが、はっきりとした距離は掴めない。
 彼女はごくりと唾を飲み込む。
 剣の主が何ものなのか、分からない。助けてくれたのは感謝するが、相手が敵なのか味方なのか、はっきりと分かっていない以上、敵だと予測して動くのは、戦士として当然の行動である。
 暗闇の中から、一人の男性がゆっくりと姿を現した。
(まさか……こいつは……)
 ユミエルは現れた男性に、睨むように視線を送る。
 全身から発せられる凄まじい威圧感。この男が上級エクリプスであるのは、間違いない。先程のエクリプス達とは、比較にならないほど強い。
 灰色の狼の毛皮を身にまとった、百九十を超える長身。野生の狼の如く、精悍で逞しい肉体。両腰に大型ナイフ二振りを携帯し、四肢と胴体には分厚い革ベルトを巻きつけ、防護。足元には、鉄板を重ね合わせた重厚なブーツを履いている。そして、その顔は、下顎のない狼の仮面で隠されていた。
近くで見たから、下顎がない事と僅かに見える人の唇によって、その顔が仮面だと分かったが、少しでも離れていたら、分からなかっただろう。
 身構えるユミエルは、ふと学校で同級生がいっていた噂の事を思いだす。
(……もしかして……こいつが……噂の?)
 確かに遠くから見たら、狼男にしか見えない。
 しかし、もし彼女が、少しでも歴史や神話についての知識があれば、別のものが思い浮かんだであろう。
 すなわち、古代北欧の戦士の姿である事を。
「そこをどけ」
 男は再び、声をかけた。
「あなたは……いったい……」
 ユミエルは油断なく身構えながらも、いわれた通り、端に寄った。
 彼は床に刺さった自分の身長とほぼ同等の長さを持つ魔剣を掴むと、床から引き抜く。そして、革ベルトのフックに鍔を引っかけて、背負うと、
「こいつをどこかにやるぞ」
 被害者の女性を抱え、そういった。

 

 

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