「消えなさい！　デスパイアっ！！」
「おのれっ！　ナイトエンジェル！　おのれ〜っ！！　メイ〜〜〜〜ッ！！」
　ある程度以上の大都市になら大概は存在する荒廃した区画の一角。
　大通りを照らすネオンも届かず、陽気な音楽や雑踏も聞こえない。不潔で静寂と薄暗がりが支配する裏通り。
　そこで人知れず希望と絶望の戦いが行われ、そして今終結しようとしていた。
「はぁ〜〜〜っ！　ヴァリアントスラッシャー！！」
　白く眩い輝きを放つ刃が異形の魔獣。直立歩行する狼とも熊ともいえないような巨獣の胴を薙ぎ払う。
　ズズゥン……
「はぁ……はぁ……何とか倒せました〜。」
　一瞬の硬直の後、地響きとともに地に倒れ伏したのはおぞましき巨獣だった。暗く澱む塵となり消え去ってゆく異形を見据えながら対峙していた戦士が荒い息をつく。
「手強かったですね〜」
　やや間延びした声で額の汗を拭うのは一人の黒髪の美女だった。
　２０歳前後だろうか？　バランスよく伸びた四肢と戦士として鍛え抜かれた……しかし、女性としての柔らかさを決して失わない魅力的な肢体。全ての同性が羨むバランスの取れたプロポーションを持ち、特に太股や二の腕、腰回りや両の胸の膨らみなどは頬擦りしたくなるほどの艶と曲線美、そして柔らかさを保持している。
　美しき女戦士の人間としての名は朝倉　芽衣（あさくら　めい）。
　そしてその正体は魔法界から派遣された真性エンジェル。異界からの侵略者、絶望の使徒デスパイアと戦う戦士ナイトエンジェルだった。
　騎翔天使（ナイト・エンジェル）の御名の通り、その天使の細腕には長柄の両端に長大な刃をもつグレイブと呼称される武具が握られている。本来ならば無骨な金属の塊である殺戮の為の超重武器が、この可憐なエンジェルの手にある時は美しい神剣の如き力強さと輝きを纏う。その身に纏う白の聖衣も、戦いのための装束であり、身を守る鎧でありながら、美しいドレスとしてそのまま由緒ある舞踏会にでも出席できそうなほどの気品と美しさ、清潔感を放っていた。
「でも、そろそろ限界です〜……」
　疲れた様に軽く肩を落とし呟く。人の姿を為しながら強大な戦闘力を誇るエンジェル。その戦闘力を支える魔力は有限だ。常にその肉体を強化し、デスパイアを滅ぼすための大出力の魔法を解き放つための力の源はただ変身しているだけでも消耗する。その限界をメイ達エンジェルは変身限界と呼び、彼女の状態はもはやそれに近かった。ここ最近の休む事無きデスパイアとの連戦。そして今晩の死闘でエンジェルの希望の魔力は尽きかけている。
「では、リムーヴ……」
　
　ズクン！！

「……･え？」
　不意にひときわ大きく鼓動が跳ねた。
　凛々しい立ち振る舞いを支えていた美脚が力を失いふらつく。
「え？　えっ？　な、なにが……」
　辛うじてグレイヴを杖代わりにしてぐらつく体を支えたメイが戸惑いながらも呟いた。
気がつけば呼気が荒く乱れ、その蟲惑的な肉体を奇妙な熱感が覆っている。全身を巡る血流が早まり、手足や額に滲む汗が気持ち悪い。
「あ……」
　熱い疼きの中心に目をやれば、清廉とした白の聖衣と一体化し、肩まで覆うタイプのグローブが僅かに裂け、２の腕から血が滲んでいた。
「まさか……さっきのデスパイア……ですか？」
　多くのデスパイアの爪牙や体液には女を狂わせるための媚液が含まれたり塗られている事が多い。
　メイも長い戦歴の間に幾度となくその淫虐の毒に中てられ、狂わされ、よがらされた経験がある。デスパイアが既に滅びたせいだろう効果は比較的弱い。そうでなければ変身限界を迎えた今、体の疼きはこんなものではなかったはずだ。
「くぅっ……で、でもデスパイアを倒せていたのは不幸中の幸いでした･･･」
「へっへっへ……何が幸いなんだい？」
　体の芯を焦がす熱に懊悩するメイの耳に不意に下卑た笑い声が響いた。
「……っ！　だ、誰ですかっ！？」
　弾かれたように声のほうを向いたメイの視線の先に立つ一人の男。
　だらしなく着崩したジャケットを羽織り、両手をズボンのポケットに突っ込みんだままニヤニヤと不快な笑みを浮かべたままメイの肢体を舐めるように見つめている。
――――デスパイア……じゃないですね〜。でも迂闊です。人間の方に見られてしまうなんて……――――
　傷を負った右手を逆の手で押さえながら迷う。記憶を消すべきか？　しかし何処まで知られたか判らない。
　なにより現状の体調と魔力の消耗ではそれすらままならないだろう。そうしているうちに傷から広がる奇妙な熱感と疼き、そして痺れに両脚がふらつきはじめた。
「あふっ……うっ……」
　身を支えるグレイブを握りなおし、意識をはっきりさせようと頭を振るメイの顎を、いつの間にか目の前まで近づいていた男の手が無遠慮に掴んで仰がせる。
「……っ！　な、なにを……」
「へぇ〜、化け物と戦う女の子の噂には聞いてたけど、こんなに綺麗な娘だったとはね」
　まじまじとその美貌を見つめる。腰まで伸ばされた輝くような漆黒の髪と琥珀に煌く瞳が目を引くその美貌は、成熟し完成された大人の美を持ちながら同時に無垢な純粋さと童女の様な可憐さを宿す。歴戦の戦士のもつ凛々しさと母性を感じさせる柔和な雰囲気。相反する美が互いを穢すことなく内包されている黒髪の天使は、万人が見惚れるほどの魅力を放っていた。
「……え？　し、知っているんですか？」
　自分への賞賛よりも正体が知られている事に戸惑い。琥珀の瞳が揺れる様を男は喉を鳴らして笑う。
　常識に捕らわれる表社会はともかく裏社会においてデスパイアの存在を隠し切る事は出来ない。魔法界から派遣されるエンジェルの数は異界からの侵略者であるデスパイアにの数に比して少なく。無残な被害者の死体が表沙汰になる事も多い。またエンジェルとデスパイアの戦闘を目撃したものの全ての口を封じる事は不可能だった。
「裏の方じゃけっこう有名人だぜ？　まさかこんな美人だとは思いもしなかったけどよ」
　男の言葉に戸惑いながらも、大人びた外見よりもずっと純情な美女は頬を赤らめる。
　デスパイアの陵辱の際に、恥辱を煽る目的で容姿を讃えられた事はあっても、純粋に人間に褒められた事は実は少ない。無論、自分の容貌に無関心なメイが大半の賞賛の言葉に気付かなかったと言う事もあるが……
「あ、あの、この事は〜……」
「うん？　ああ、別に言いふらすつもりはねえよ。こんな事話しても狂人扱いされるのがオチだしな……その代わりといっちゃなんだが……」
　言い澱む天使に男は肩をすくめると言葉を切り、グレイブを杖代わりに体を支えるメイの体を軽々と横抱きにする。
「……えっ！？ あ、あの……っ？」
　最早、外見どおりの女性の力しか出せないエンジェルは抵抗も出来ない。
　男の腕の中に収まったメイが戸惑い、必死に身を捩ろうとするが体の芯から湧き上がる熱い疼きに、堪らず背中を仰け反らせた。
「へへへ……体が疼いて辛いんだろ？」
「な……っ！？」
　気付かれてた……？　恥ずかしい秘密を暴かれ、覗き込むいやらしい男の視線から顔を背ける。
　しかし、既に体の奥から湧き上がる熱は危険なレベルまで高まっている。変身限界を迎え魔力が尽きた今、薄れているとは言えデスパイアの媚薬に抗する術は無い。クリスタルの浄化作用も遅々として進まなかった。
「見てたぜ？　大方、あの化け物の媚薬かなにかだろ？　安心しなって……正義のエンジェル様へのご恩返しに火照った体を慰めて差し上げるからよ」
「そ、そんな……っ」
　喉を鳴らして下卑た笑いを浮かべる男の腕の中でメイの顔が蒼ざめる。
　長き戦いの間、幾度となくデスパイアに敗北し陵辱された事はある。身も心も削られるほど辛い記憶。しかし、それはある意味自身の弱さが招いた結果だ。使命の為と何とか割り切る事が出来た。互いに命を懸けた戦闘の果てに敗者が受ける屈辱として辛うじて乗り越えてきたのだ。なのにこんな形で……しかも、守るべき人間に辱められるなんて……
「や、止めて下さい。こ、こんなこと間違ってます〜……あぐっ」
　男の腕の中から逃れようとするが腰の奥から湧き上がった甘い痺れに体を硬直させた。
背筋を駆けぬける鮮烈な電流に、反射的に身を縮める。白のグローブに覆われた手で男のジャケットをきつく握り締め、湧き上がる何かを堪えようと固く閉じられた眼瞼が小刻みに震えた。
「無理するなって……あんたの体から欲情しきったおんなの匂いがプンプンするぜ･･･？」
「うっ……くっ……そ、そんな……事……」
　男はわざとらしく鼻を鳴らすと、腕の中で儚く身を捩るメイの恥辱を煽る。
　反抗したくても指摘どおり燃え上がった体は、肌に触れる異性の体温や体臭にさえ反応を示し、盛んに自分に性的欲求の信号を送ってきた。腰の奥深くで疼く痺れに下着は湿り始め、淫熱に炙られ汗ばむ胸は黒のインナーの下でその頂が固く屹立し始めている。艶を帯びた汗と溢れ始める恥ずかしい雫、濃密な『女』の芳香が溶け合い、異性ならば誰もが理性を無くしかねない程の淫卑な香を醸し出していた……。
――――こ、こんな……身体さえまともなら、こんな人なんかに……
　エンジェルの力はデスパイアを倒すためのものとは言え、こんな女の敵を仕置きするのに使うのにメイも躊躇いは無い。だからこそ自由にならない身体を好きにされてしまう現状が悔しくて仕方が無かった。なのに、デスパイアの媚液陵辱に散々に慣らされていた体は、主の意思などあっさり裏切り欲望に忠実に従おうとしている。
　極上の獲物を捕らえた幸運と興奮に、猛る獣性を隠そうともせず、男が歩を進める先に怪しげなネオンが輝きを放つ薄汚れたビル群……いかがわしいホテルの立ち並ぶ一角があった。